二人の関係に最初の影を落としたのは、子宝に恵まれなかった悲痛な試練だった。待望の妊娠を果たしたチエミを襲った重度の妊娠中毒症。母体を救うための中絶という過酷な現実が、二人の心に癒えぬ深い傷痕を残す。さらに1960年代半ば、世田谷区の自宅が火災によって全焼するという不運に見舞われた。
だが、決定的な破局の引き金を引いたのは、身内による壮絶な裏切りであった。チエミが実の姉のように頼りにしていた異父姉による、巨額の横領と詐欺事件である。実印を悪用されて莫大な借金を背負わされたばかりか、悪質な中傷工作によって高倉家との信頼関係までもが巧妙に破壊されていった。
「これ以上、健さんの輝かしいキャリアと名声に迷惑をかけるわけにはいかない」。チエミは自ら身を引く決断を下し、1971年に離婚が成立する。それは愛が冷め尽くした末の別離ではなく、相手を深く愛するがゆえに選ばざるを得なかった、断腸の自己犠牲であった。