沢田研二のステージ衣装といえば、ジュリーのビジュアル面を長年にわたって支えてきた専属デザイナーや衣装スタッフの存在を欠かすことはできない。TOKIO衣装についても、特定の一人のデザイナーによる完全オリジナル作品というより、当時の沢田のステージ衣装を手がけていたチームが、楽曲のコンセプトとテレビ演出に合わせて制作した可能性が高いとみられている。
ただし、ネット上では「TOKIO衣装=有名デザイナー〇〇の作品」といった断定情報も散見される。本編集部が確認した限り、2026年1月時点で公的機関や所属事務所による公式なデザイナー名の発表は確認できていない。そのため、「デザイナー名が伏せられている理由」を深読みする声もあるが、これは当時の歌謡界では珍しいことではない。ステージ衣装はチーム制作が基本であり、個人名を表に出さないケースも少なくなかった。
むしろ注目すべきは、誰がつくったか以上に「何のためにこの形に行き着いたか」である。テレビの画面サイズ、当時のブラウン管の解像度、カメラワーク、照明の色温度まで踏まえた上で、白と黒の二色に絞り、かつ文字情報を大胆に取り入れる判断は、現代のマーケティングでいう「視覚的ブランディング」の先駆けといえる。