宅見勝は1936年(昭和11年)6月22日、神戸市に生まれました。戦後の荒廃した時代の中で頭角を現し、若くして博徒の世界へと身を投じます。初期は土井組系組織に所属していましたが、その後、三代目山口組の有力幹部であった福井英夫率いる「福井組」へ移籍。そこで若頭補佐などの要職を務め、頭脳明晰な交渉力と卓越した資金調達力で頭角を現していきました。
1978年(昭和53年)には大阪市天王寺区を本拠地とする直系組織「宅見組」を結成。三代目山口組組長・田岡一雄の直参へと昇格を果たします。田岡組長の急逝後、組織を二分した山一抗争(1984〜1989年)において、宅見は巧みな情報戦と資金力を駆使して反山口組勢力の切り崩しに決定的な役割を果たしました。
1989年(平成元年)、五代目山口組の発足に伴い、渡辺芳則組長を全面的に支える形で五代目山口組若頭に就任。実質的な最高意思決定者として、総勢3万人を超えるメガ組織の頂点に立つこととなりました。