加賀友禅の歴史を語る上で欠かせない巨星が、人間国宝に認定された木村雨山だ。雨山は伝統的な枠組みに縛られることなく、日本画の筆致と近代的な感覚を融合させ、絵画としての完成度を極限まで押し上げた。
京都が徹底した分業制を敷くのに対し、加賀友禅は「一貫制作」を基本原則とする。構想、下絵、糊置き、彩色、地染め、そして余分な糊を洗い流す「友禅流し」に至るまで、ひとりの作家が全責任を背負う。協同組合加賀染振興協会に所属する現代の熟練工は、次のように語る。
「筆を握るとき、職人は自然の代弁者でなければならない。花を描くのではなく、その花が咲いていた空気や朝露の重みを描く。途方もない集中力が必要だが、だからこそ作家の魂が布に染み込む」
伝統的工芸品産業として指定されながらも、名匠たちは現状維持を頑なに拒む。木村雨山が遺した「伝統とは革新の連続である」という気概は、現代の工房の隅々にまで確実に受け継がれている。