バンドが頂点を極めていた1991年2月、寺田恵子は突如としてSHOW-YAからの脱退を発表します。ファンや音楽業界に激震が走ったこの出来事の背景には、多忙を極めるスケジュールと、音楽的アプローチをめぐる深い葛藤がありました。
脱退の主な要因となったのは、音楽性の方向性の違いでした。自身のルーツである骨太なハードロックやブルースへの回帰を強く望んでいた寺田に対し、ヒットチャートを意識したポップな要素を求める周囲との間で生じたギャップが、次第に埋められない溝となっていきました。限界まで自分を追い込み、バンドとしての純度を保てなくなった末の苦渋の決断だったと後に明かされています。
脱退後はソロシンガーとして地道な活動を続け、アニメソングの歌唱やラジオパーソナリティなど幅広い分野で表現力を磨き続けました。そして脱退から14年が経過した2005年、寺田自身がメンバー全員に直接電話をかけて再結成を直談判。デビュー20周年の節目に、オリジナルメンバー5人での奇跡の再結成を果たしました。互いに年齢と人生経験を重ねたことで、かつての軋轢を乗り越え、より強固な絆で結ばれたSHOW-YAのサウンドが蘇ったのです。