人類を他の霊長類から分かつ最大の形質が「直立二足歩行」です。長年、アフリカの乾燥化に伴い森林が後退し、見通しの悪い草原(サバンナ)に出た祖先が周囲を警戒するために立ち上がったという「サバンナ説」が通説とされていました。しかし、1990年代以降のエチオピアやチャドでの発掘調査が、この古典的仮説を覆しました。
約440万年前の初期猿人「アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)」の全身骨格化石を調査した国際共同研究チームの報告によると、共産した動植物化石から、彼らが暮らしていた環境は草原ではなく「閉鎖的な森林環境」であったことが証明されています。つまり人類は、草原に出る前にすでに樹上で二足歩行の基礎を身につけていました。
森林に生息していた段階で立ち上がる動機となった有力なモデルが、人類学者オーウェン・ラブジョイ博士が提唱した「食物運搬・家族提供仮説」です。木の上で四肢を使って移動するチンパンジーに対し、直立した祖先は「両手を移動から解放」しました。解放された腕で遠方の果実や食物を抱えて安全な拠点へ持ち帰り、交配相手や子どもと分け合う配給行動をとった個体が生存率を高めたというメカニズムです。
さらに運動生理学の検証では、時速4〜5キロメートルの歩行時において、直立二足歩行はチンパンジーの四肢歩行(ナックルウォーキング)に比べてエネルギー効率が約75%も高いことが実証されています。過酷な気候変動の中で、少ないエネルギーで広大な採餌エリアを歩き回れる省エネ移動システムこそが、二足歩行を選択させた淘汰圧でした。