かつて勢田川の水運で栄え、黒塗りの蔵が今なお連なる問屋街、伊勢河崎。時が止まったかのような風情を残すこの一角に、珈琲好きが聖地として崇める「なかむら珈房」がある。暖簾をくぐると、静寂の中に響く豆を挽く音と、濃厚な焙煎香が五感を包み込む。
ここで味わうべきは、熟練の手仕事によるネルドリップ抽出だ。分厚い布のフィルターを通して一滴一滴落とされる漆黒の液体は、とろりとした舌触りと豊かな甘みを湛えている。サードウェーブコーヒー全盛の時代にあって、決してブレることのない深煎りの美学。川沿いの蔵の陰影の中で味わう一杯は、旅の疲れを芯から溶かしていくような凄みすら感じさせる。