室井滋が描くエッセイの世界には、どこか可笑しく、けれど切ない市井の人々の姿が溢れている。彼女の目は、他人が見落としがちな街角の異変や人間の滑稽な癖を絶対に見逃さない。タクシー運転手との噛み合わない会話、旅先の宿で遭遇した謎の宿泊客。不条理な出来事に直面したとき、彼女は眉をひそめるどころか、それを全力で面白がり、極上のストーリーへと昇華させる。
その独特な視点は、長年の女優業で培われた冷徹なまでの観察眼と無縁ではない。登場人物のわずかな仕草や言葉の端々に潜む本音を嗅ぎ取る能力。それが筆を握った瞬間に爆発し、テンポのよい語り口となって紙面を駆け抜けるのだ。単なる日常の愚痴で終わるはずの出来事が、彼女の手にかかると一流のコメディドラマに変貌を遂げる。