「相撲の女人禁制は数千年前からの不変の掟」と語られることも少なくありませんが、歴史を紐解くと実態はより複雑です。
古代の『日本書紀』には雄略天皇の前で采女(宮中の女性)が相撲を取った記録が残り、中世から江戸時代にかけては「女相撲」と呼ばれる興行が庶民の間で広く親しまれていました。江戸時代の神社仏閣で行われた勧進相撲では、女性の見物自体が禁止されていた時期があったものの、土俵そのものの女人禁制が厳格に体系化されていたわけではありません。
女人禁制が絶対的な規範として定着したのは、明治時代以降の国家神道体制の成立が大きく影響しています。相撲が「国技」としての地位を確立する過程で、野卑な見世物と見なされた女相撲は取り締まられ、大相撲は純粋無垢な神事としての格式を整えるために女性を排除する構造を強固にしました。