1969年の加入以来、半世紀以上にわたって黄色い着物を身に纏い、独自の立ち位置を築き上げた。日本テレビ系列の『笑点』における彼の大喜利スタイルは、一見すると「与太郎」的なおとぼけキャラに映る。だが、その裏には綿密に計算された演出意図と、共演者との阿吽の呼吸が存在していた。
司会を務める春風亭昇太らとの掛け合いにおいて、あえて期待を外す答えを出すことで場の空気を和らげ、番組全体のテンポを生み出す。この高度なセルフプロデュース力こそが、過酷な演芸界で55年もの長きにわたりトップを走り続けられた最大の要因だ。共演者の特徴を活かしつつ自らも光る技術は、まさに名人芸の域に達していたと言える。