『ゲド戦記』最大の謎である黒幕・クモの正体とは、かつてロークの学院で正統な魔法を学びながらも、「己の死」という絶対的真理を受け入れられずに堕落した元大魔法使いである。彼が不老不死に異常な執着を見せた真の目的は、世界征服のような俗っぽい野望ではなく、ただひたすらに「自分が無に帰すことへの根源的な恐怖」から逃れるためだった。
クモは死を回避するため、生者の世界と死者の世界の境にある「扉」を完全に開け放った。その結果、世界の「均衡(バランス)」は崩壊。作物は枯れ、家畜は死に、人間は正気を失い、魔法使いは魔法の言葉を忘れるという未曾有の災厄が引き起こされた。クモにとって他者の命や世界の存続などどうでもよかった。自分が永遠に生き続けること、その一点のためだけに世界を道連れにしたのである。
永遠の命を手に入れたと信じ込んだクモの肉体は、皮肉にも生きながらにして腐敗し、ドロドロとした黒い影のような怪物へと崩壊していく。死を拒絶した者がもっとも醜い死そのものの姿へと変貌していく展開は、本作における最大の皮肉であり衝撃のクライマックスだ。