「咳をしても一人」——わずか九文字。十七音の定型も季語も持たないこの句は、自由律俳句における金字塔として教科書や文学全集に刻まれている。病に冒され、静寂に包まれた部屋で出た自らの咳。その音に応える者は誰もおらず、ただ己の存在と孤独が部屋いっぱいに響き渡る。圧倒的な凄惨さが漂う。
だが、この句を単なる悲惨な絶望の吐露と捉えるのは早計だ。極限まで削ぎ落とされた言葉の向こう側には、一人であることを完全に受け入れた静かな諦念と、どこか澄み切った救いが同居している。自分以外の何者にも偽ることができない裸の魂。絶望のどん底で自己と向き合いきった者にしか到達できない、純度の高い美がそこにはある。