七五三掛という名字の発祥には、大きく分けて「地名由来説」と「神道・結界由来説」の2つの明確なルーツが存在します。
第一のルーツとして知られるのが、山形県鶴岡市(旧羽黒町・朝日村周辺)に現存する地名「七五三掛(しめかけ)」です。修験道の聖地として知られる出羽三山(月山・羽黒山・湯殿山)の周辺には、山伏たちが修行に入る際、外界の俗世と聖域を分けるために「注連縄を張り渡した場所」がありました。この結界の地名がやがて居住者の名字へと転じたと伝えられています。
第二のルーツは、常陸国(現在の茨城県)における神職や在地領主の家系です。神社境内や神域の境界線に注連縄を掛け、悪霊や災厄の侵入を防ぐ神聖な役目を担っていた家柄が、その職掌にちなんで「七五三掛」を名乗ったという記録が残されています。平安時代末期から鎌倉時代にかけて武士団が土地の名称を名字に定めていった過程で、神聖な土地柄を象徴する呼び名として定着しました。