佐藤一斎は、安永元年(1772年)に美濃国岩村藩(現在の岐阜県恵那市岩村町)の藩主側近の家柄に生まれました。幼少期から聡明で知られ、大坂の中井竹山に学び、林家(りんけ)の門に入って研鑽を積みました。 天保12年(1841年)、70歳という高齢にして幕府直轄の最高教育機関である昌平坂学問所儒官(事実上の総長)に就任。88歳で天寿を全うするまで、当代最高峰の教育者として君臨しました。特筆すべきは、彼が単なる体制派の学者にとどまらず、佐久間象山の師であり、渡辺崋山ら多様な英傑を育て上げた指導力にあります。象山の門下からは吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬へと知の連鎖が続いており、一斎はまさに「明治維新の知の祖父」とも呼べる存在でした。 一斎が遺した『言志四録』は、彼が40代から80代にかけて書き綴った4つの書物の総称です。その構成と現代における価値を比較したデータが以下の通りです。
全4部・計1133条に及ぶこの著作は、単なる一過性の名言集ではなく、40代の壮年から80代の老境に至るまで、人間が成熟していく過程そのものを克明に記録した比類なきドキュメントといえます。