ネット上の画像検索やSNSで「岡田以蔵」として拡散されている古写真がいくつか存在する。もっとも有名なのは、鋭い目つきでカメラを睨みつける長髪の侍の肖像写真だろう。しかし、これらは近年の幕末史研究および公的アーカイブの解析によって、完全に別人であることが証明されている。
代表的な誤認例として挙げられるのは、明治初期に撮影された別の土佐藩士、あるいは西南戦争前後に従軍した無名の武士の写真だ。さらに、明治期に海外向け輸出土産として流通した「横浜写真(彩色された侍のモデル写真)」が、いつの間にか以蔵のイメージと結びつけられたケースも確認されている。
当時の湿板写真は露光に数秒から数十秒の静止を要し、撮影費用も現在の貨幣価値にして数十万円に及ぶ超高級品だった。一介の郷士や足軽階級に過ぎなかった暗殺者が、自らの肖像をガラス乾板に焼き付ける機会など皆無に等しかったのだ。