滑落の一報を受け、パキスタン軍の高所救助ヘリコプターが即座に出動しました。標高7,000メートル付近の雪壁に2名が静止している姿が上空から目視で確認されたものの、ヘリコプターが着陸できるような平坦な地形は一切存在せず、ホバリングによる吊り上げ救助も気流の乱れとエンジンの限界高度から不可能な状態でした。
現地地上部隊による徒歩での接近も検討されましたが、現場は頻繁に落石や大規模な雪崩が頻発する極めて不安定な急斜面でした。救助隊員を壁に取り付かせれば、さらなる二次遭難によって複数の人命が失われる危険性が極めて高いと専門家によって判断されました。公式発表資料によると、パキスタン軍パイロット、現地のベテラン山岳ガイド、そして日本側のサポート本部による綿密な協議が行われました。
最終的に、二重遭難の壊滅的なリスクと、2名の生命反応が確認できない過酷な経過時間を鑑み、平出氏・中島氏の家族および所属先である石井スポーツの間で「救助隊の命をこれ以上危険に晒すことはできない」という苦渋の合意が形成されました。2026年7月30日、公式に救助活動の終了が宣言されました。この判断は、現場の非情な現実と、他者の命を尊ぶ登山家としての倫理観に根ざした、最も重く尊い決断であったと専門家の間でも深く受け止められています。