ここで気になるのが、なぜ大阪の地方メーカーだった前田製菓株式会社が、全国の製菓業界を揺るがす大ヒットを生み出せたのかという点だ。その裏には、当時の常識を覆す大胆なマーケティング戦略が隠されていた。
1960年代初頭、企業の広告宣伝といえば新聞やラジオが主軸であり、テレビ番組の一社提供スポンサーになることは中小企業にとってあまりにもリスクが大きい賭けだった。しかし前田製菓の経営陣は、誕生間もないテレビというメディアが持つ爆発力に着目。本社を置く堺市から全国へと打って出る決断を下した。番組中で藤田まことが直接商品をアピールする「生CM」の手法は、視聴者の心を一瞬で掴み、全国の菓子店の店頭から商品が消えるほどの注文ラッシュを引き起こしたのである。