時計の針を1990年代初頭に戻すと、両者は関西ローカルの覇権を争う異なる潮流の中にいました。ダウンタウンが『4時ですよーだ』で若者文化のアイコンとなり、東京進出を果たして全国区の怪物芸人へと駆け上がっていた頃、関西の深夜帯で異彩を放っていたのがぜんじろうです。
1992年にスタートした毎日放送(MBS)の深夜情報バラエティ『テレビのツボ』でメインMCを務めたぜんじろうは、全テレビ番組を録画・批評する過激なスタイルと軽妙なトークで関西の深夜視聴率を席巻。若者の絶大なカリスマとなりました。
当時、吉本興業に所属していたぜんじろうとダウンタウンには劇場や特番での共演歴がわずかにあったものの、番組制作の派閥や活動拠点の違いから深く交わることはありませんでした。ダウンタウンが切り拓いた「吉本的お笑い帝国」のメインストリームに対し、ぜんじろうは深夜カルチャーの旗手として孤高のポジションを築いていたのです。