出版社である岩波書店にとっても、永氏の著作は特別な位置を占めていた。お堅い学術書や本格的新書のイメージが強かった岩波新書において、庶民の生々しい肉声をまとめた『大往生』の刊行は一つの挑戦であった。担当編集者が明かす独占エピソードによれば、永氏は執筆にあたり「難しい言葉は一切使わない」「原稿用紙に書くのではなく、耳で聞いた言葉をそのまま活字にする」という鉄則を課していたという。
また、晩年に病と闘いながらもマイクの前に立ち続けた姿勢は、まさに自らの生き様をもって「生きること、老いること」を体現していた。病床でも「人間は最期まで学び、喋り、伝えることができる」と語っていたという。言葉を武器に戦い続けた男が遺した真意は、彼自身の最期の振る舞いの中にこそ静かに刻まれている。