長男による電撃的な追放劇に対し、長年苦楽を共にしてきた職人や従業員約60名は信三郎氏への全面的な支持を表明しました。職人全員が一斉に退職届を提出して店を去り、一澤帆布は製造機能を完全に失うという前代未聞の事態に陥ります。
信三郎氏は職人たちの雇用を守るため、2006年に旧店舗のすぐ近くで新会社「一澤信三郎帆布」を設立。熟練職人の手による新ブランドは開店直後から長蛇の列を作り、世論とファンの圧倒的な後押しを受けました。一方、職人を失った信太郎氏の一澤帆布は営業休止に追い込まれ、外部への委託製造などで再開を図るものの、品質低下やイメージ悪化により客足は急速に遠のいていきました。
並行して進められていた法廷闘争は、信三郎氏側が提起した「株式名義書換無効確認請求訴訟」によって局面が一変します。裁判所による極めて綿密な審理の結果、信太郎氏が持ち出した第2の遺言書は、「父親の意思に基づいて作成されたものとは認められず、偽造された可能性が極めて高い」と判断されたのです。
2009年、大阪高裁は第2の遺言書を事実上の無効とする信三郎氏側の全面逆転勝訴を言い渡しました。信太郎氏側は上告したものの、最高裁がこれを棄却。これにより信太郎氏の敗訴が確定し、株式の過半数は正当な後継者である信三郎氏のもとへと戻ることになりました。