男が悲劇の翌朝に詠んだ一首は、千載不朽の哀歌として『古今和歌集』にも収められています。ここでは、和歌に散りばめられた高度な修辞技法を解き明かします。
白玉か 何ぞと人の 問ひしとき
露と答へて 消えなましものを
1. 「白玉」と「露」の見立て(比喩)
深窓の令嬢として屋敷の外の世界をほとんど知らずに育った女は、草の上に宿る朝露を見て、無邪気に「あれは美しい真珠(白玉)ですか」と男に問いました。この問いかけは、世間知らずで純真無垢な女の愛らしさを鮮烈に浮き彫りにします。それに対して男は「あれは儚い露ですよ」と答えるべきでした。
2. 「露」と「消え」の縁語
和歌の技法として、「露」は朝日の光を浴びれば一瞬で蒸発してしまうことから、「消ゆ」と強い縁語関係にあります。露のように儚い人の命、そしてあっけなく失われた愛を重ね合わせています。
3. 「消えなましものを」に込められた反実仮想と詠嘆
文法構造のハイライトは「消え(未然形)+な(完了・未然形)+まし(反実仮想・連体形)+ものを(詠嘆)」です。「ましかば〜まし」の条件節が省略された形であり、「あのとき露と答えて、私自身も露のように死んで消え去ってしまえばよかった。そうすれば、生きてこのような生き地獄の悲しみを味わうことはなかったのに」という、引き裂かれた男の張り裂けんばかりの後悔が吐露されています。