色物扱いされることも多かったが、棋士としての実力は超一流の領域にあった。順位戦A級への昇級。それは全国に数百人しかいないプロの頂点、わずか10人程度しか辿り着けない最高峰の舞台だ。ハッシーの愛称を持つ男は、名実ともに将棋界のトップランカーとして君臨していた。
盤面に向き合う彼の将棋は、派手な外見とは裏腹に極めて重厚だった。「山崎バサシ」と称された山崎隆之の奔放さとは対照的に、手厚く駒を組み、相手の攻めを受け止め切る本格派の居飛車党。当代最強の棋士・羽生善治をはじめとする、いわゆる「羽生世代」の分厚い壁と幾度となく激突し、数々の名局を紡ぎ出した。
「自分は天才じゃない。努力だけでここまで来た」。そう語っていた男の指し手には、幼少期から身を削るようにして磨き上げた職人の凄みが宿っていた。強さとユーモアを兼ね備えた稀代の勝負師。彼がトップリーグで放っていた光は、確かに本物だった。