疑惑を単なる噂から事件へと引き上げた最大の要因は、『週刊文春』による長年の追及キャンペーンだった。日本相撲協会との間で激しい裁判闘争が繰り広げられる中、報道の正当性が法廷で一部認められたことは歴史的な転換点となる。
決定打となったのは2011年。警察の捜査過程で押収された力士の携帯電話から、八百長交渉の電子メールが発見されたことだった。いわゆる「大相撲八百長問題」の勃発である。言い逃れのできない証拠を突きつけられた日本相撲協会は、多数の力士や親方を処分せざるを得なくなった。監督官庁である文部科学省からも激しい叱責と指導が入り、本場所の開催中止という前代未聞の事態へと発展した。