日本の仕手戦史上、最も有名なカリスマとして知られる加藤暠氏は、1970年代から1980年代にかけて「誠備グループ」を率い、兜町を完全に掌握しました。加藤氏が手掛けた銘柄は「誠備銘柄」と呼ばれ、宮地鉄工所(現・宮地エンジニアリンググループ)や日立精機、安宅産業など、重厚長大産業の低位株を中心に凄まじい暴騰劇を巻き起こしました。
加藤氏の手法は、自らが主宰する会員制投資クラブの会員に一斉に買い注文を出させ、出来高を急増させて一般投資家の提灯(追随買い)を誘うという組織的なものでした。「誠備の推奨株を買えば必ず儲かる」という熱狂は全国に広がり、会員数は一説に1万人を超えたとされます。
しかし、その絶頂期は長くは続きませんでした。1981年、東京地検特捜部と国税局の強制捜査が入り、加藤氏は所得税法違反で逮捕。誠備グループは事実上の壊滅に追い込まれました。晩年も相場への執念を燃やし続け、2015年には旧・新日本理化株などを巡る相場操縦容疑で再び東京地検特捜部に逮捕されるなど、生涯を相場師として生き抜いた人物でした。