物語のクライマックスで、坊っちゃんと山嵐は芸者遊び帰りの赤シャツと野だいこを待ち伏せし、痛快に殴り倒して天誅を下します。そして翌朝、辞表を叩きつけて松山を去ります。一見するとスカッとする幕切れに見えますが、夏目漱石『坊っちゃん』の結末を詳細に解説すると、決してハッピーエンドとは言えない苦い余韻が残ります。
赤シャツや野だいこは殴られたものの、社会的な地位や権力を失ったわけではありません。新聞には山嵐の暴力事件として歪められた記事が載り、坊っちゃんたちは学校を追われる形になります。つまり、実生活の力関係において、卑劣な知性派が勝利し、愚直な正義派が敗走するという残酷な結末を迎えているのです。
東京に戻った坊っちゃんは、月給25円の街角の街鉄(路面電車)の技術員となり、清とともに慎ましく暮らします。夏目漱石が『坊っちゃん』の主題と時代背景に込めたのは、単なる悪者退治のカタルシスではありません。西洋化と近代化の波の中で、小賢しい処世術や金・肩書ばかりが幅を利かせ、純粋な倫理観や誠実さが生きづらくなっていく日本社会への痛烈な皮肉だったのです。