実験室から視点を日々の暮らしに戻すと、吸熱現象は五感を通じて至る所で体験できます。その最たる例が、子供から大人まで親しまれているラムネ菓子を食べた瞬間のひんやり感です。
ラムネ菓子を口に含んで舌の上で溶かすと、独特の冷たさがフワッと広がります。この現象を「メントールなどの香料による錯覚」と誤解している人も少なくありませんが、正真正銘の物理的吸熱です。ラムネ菓子の主原料の約9割を占める含水結晶ぶどう糖(グルコース)は、水に溶解する際に1グラムあたり約-105 Jの熱を奪う性質を持っています。唾液に触れて急速に溶ける瞬間、舌の表面から熱が奪われるため、実際に口内の表面温度が一時的に低下しているのです。さらに、微量に含まれる重曹と酸味料(クエン酸)が唾液と反応して微小な炭酸ガス泡を出す爽快感が加わり、冷涼感を際立たせています。
また、ベーキングパウダーを使ってケーキやパンケーキを膨らませる調理工程にも熱を介した化学変化が関わっています。熱を加えることで炭酸水素ナトリウムが熱分解し、二酸化炭素を放出して生地をふっくらと仕上げますが、この分解プロセスそのものも熱エネルギーを必要とする吸熱分解反応の一種です。
地球規模の視座で見れば、植物が葉緑体で行う光合成こそが最大規模のエネルギー吸収反応です。二酸化炭素と水という極めて安定した低エネルギーの無機物から、太陽光という外部エネルギーを吸収してブドウ糖という高エネルギーの有機物を合成します。私たちが普段口にする農作物や化石燃料に蓄えられたエネルギーは、すべて植物が太古から吸熱(エネルギー吸収)によって固定してきた遺産にほかなりません。