細川忠興という人物は、文武両道の名将として知られる一方で、時に苛烈極まる情念を見せた政治家でもあった。千利休の高弟として茶の湯を深く愛した数寄者でありながら、戦場や身内の確執においては容赦のない決断を下す。この両端を併せ持つ忠興の個性が、刀に刻まれた逸話にも色濃く反映されている。
この名刀の由来については複数の説が語り継がれてきた。特に知られているのが、自らの指示に背いた家臣を障子越しに斬りつけた際、その勢いであまりにも鮮やかに切り裂いたという戦慄の説だ。刀身が持つ恐ろしいまでの切れ味が、そのまま武将の冷徹な決断力と重なり合う。こうした衝撃的なエピソードこそが、何百年を経た今なお人々を惹きつけて離さない最大の要因と言えるだろう。