西部氏が自裁死を決断した背景には、精神的・肉体的なふたつの決定的な要因が存在していました。ひとつは、2012年に他界した最愛の妻・治子(はるこ)さんの病死です。
妻が重い病(がん)に倒れた際、西部氏は長年にわたり献身的な介護を続けました。半世紀以上にわたって自身の知的活動と生活を支え続けてくれた伴侶を失った喪失感は計り知れず、周囲にも「妻の死とともに、自分の人生の役目は終わった」と漏らすようになります。
もうひとつの要因が、自身の急速な身体の衰退でした。脳梗塞を患い、手足の麻痺や歩行困難、視力の低下など、自らの知性と身体をコントロールできなくなっていく現実に強い恐怖と屈辱を感じていました。「他人の介助なしには排泄も食事もできなくなる前に、自らの手で人生を閉幕させる」という強い意志が、彼を多摩川へと向かわせたのです。