彼を発掘し、その才能を世に送り出したのはソニー・ミュージックエンタテインメントだった。同社で彼を担当した音楽プロデューサーの須藤晃は、尾崎の最も近い理解者の一人として知られている。ふたりの密接な対話と信頼関係から、数々の歴史的名曲が誕生していった。
須藤晃の記憶に刻まれているのは、カリスマシンガーとしての面影だけではない。過剰なプレッシャーが渦巻く音楽産業の中心で、繊細すぎる心を守ろうと必死にもがいていた素顔の青年だった。商業的成功と自己の芸術的衝動の間で揺れ動く彼を、須藤は静かに見守り続けていた。