1962年シーズンの開幕前、王の打撃はどん底にあった。才能にあふれながらも、投手の投球フォームに合わせて体を開いてしまう悪癖が抜けず、確実性に欠けていたのだ。そこで立ち上がったのが、打撃コーチに就任した荒川博である。二人が目指したのは、相手投手が始動してから打ちに行くのではなく、自ら完璧な「立ち姿」を作って投手を迎え撃つスタイルだった。
完成した「一本足打法」の真髄は、右足を高く上げた瞬間の静止と軸足への加重にある。しかし、試合の緊張感の中でその姿勢を維持するのは容易ではない。荒川が導入したのが、本物の日本刀を用いた真剣素振りだった。少しでも軸がぶれれば刀の軌道は歪み、手首を痛めるか、自らの身体を傷つける。命の危険と隣り合わせの緊張感が、王の集中力を極限まで研ぎ澄ませた。
天井から吊るした紙片を、刃先で一刀両断する。紙をただ切るのではない。風圧で逃げる紙を、刀身の走りと「溜め」の完璧なタイミングで捉えなければ、紙は斜めに裂けるか弾かれてしまう。この苛烈な特訓により、王の身体には相手ピッチャーのあらゆる球種に対処できる理想的な「の間」が刻み込まれていった。