韓国サッカーの歴史において最大のトピックであり、世界的な議論を巻き起こしたのが2002年日韓ワールドカップでのベスト4進出です。フース・ヒディンク監督率いる韓国代表は、グループリーグでポーランドからW杯初勝利を挙げ、ポルトガルを下して決勝トーナメントへ進出。イタリア、スペインといった欧州のメガクラックを次々と撃破しました。
この躍進の技術的・戦術的な要因として挙げられるのが、長期合宿による圧倒的なフィジカル強化とハイプレス戦術です。開催国特権を最大限に活かし、大会数カ月前からプロリーグを中断して徹底的に鍛え上げられた無尽蔵のスタミナは、延長戦でも落ちないプレッシングを可能にしました。
一方で、この快挙には審判のジャッジを巡る激しい誤審疑惑が付きまとっています。決勝トーナメント1回戦のイタリア戦ではフランチェスコ・トッティのシミュレーション判定による退場処分やゴール取り消し、準々決勝のスペイン戦ではラインを割っていないクロスからの得点が無効とされるなど、相手国から強い異議が申し立てられました。
当時の主審を務めたバイロン・モレノ氏らの判定は、FIFA(国際サッカー連盟)の審判選考基準や判定基準見直しの契機となるなど、国際的な議論を巻き起こしました。開催地特有の猛烈な熱気と戦術的ハードワーク、そして物議を醸した判定が交錯した2002年大会は、今なお多面的な視点から語り継がれています。