騒動の発端は2015年に遡る。事務所側の過酷なスケジュール管理や意向の食い違いから、独立を模索する動きが報じられた。契機となったのは、個人的な演技レッスンのための個人会社設立だったが、これが事務所側の強い反発を招く結果となる。
契約満了に伴い独立を選んだ彼女だったが、待っていたのは過酷な現実だった。本名である「能年玲奈」のまま芸能活動を継続する場合、事務所の許可が必要とされるなどの圧力が取り沙汰され、結果として彼女は自身の本名を名乗ることすら制限される事態へと追い込まれたのである。実力ある若手女優が、出生名での活動を阻止されるという理不尽さは、一般世間にも大きな衝撃を与えた。