リスナーが『天城越え』に対して抱く「美しさ」と表裏一体の「恐怖」は、主人公と男の圧倒的な温度差から生じています。
歌詞中における男の姿は極めて受動的で、どこか逃げ腰です。「口を開けば別れると 刺すような言葉ばかり」「肩をすくめて 歩く人」という描写からは、世間体や家庭を気にして関係の清算を匂わせる男の弱さが透けて見えます。それに対し、女側はすべてを投げ打ってこの恋に命を賭けています。
男の煮え切らない態度や日常への逃走を許さない女の執念、そして「戻れなくても構わない」という狂気にも似た覚悟。男がふと見せる冷淡さや優柔不断さが、かえって女の情熱に油を注ぎ、破滅的な執着へと変化していく心理構造こそが、聴く者に「ゾクッとするような怖さ」を感じさせる最大の要因です。