「日々是好日」のルーツは、中国の唐代末期から五代十国時代にかけて活躍した高僧・雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師の説法に遡ります。中国の禅宗における代表的な公案集(問答集)である『碧巌録(へきがんろく)』の第六則に、その問答が克明に記録されています。
ある日、雲門禅師は弟子たちに向かって「十五日以前のことはお前たちに問わない。十五日以後の心境を一言で述べてみよ」と問いかけました。「十五日」とは満月の日を指し、ここでは修行によって迷いが晴れ、悟りを開いた状態の比喩とされています。しかし、弟子たちから納得のいく答えが返ってこなかったため、雲門禅師自らが発した言葉が「日々是好日(日々これ好日なり)」でした。
「悟りを開く前がどうだったか、開いた後にどうなるかといった時間の囚われを手放し、いま目の前にある今日一日を全力で生きよ」という鋭い戒めです。過去への後悔や未来への不安に心を奪われがちな私たちに対して、千年の時を超えて「いま、ここ」を懸命に生きることの尊さを問いかけています。