「shinseki-nokotowo-tomari-dakara-here-dude」を日本語の読みに沿って分解すると、いくつかの断片が浮かび上がる。「新世紀(しんせき)」「のことを(nokotowo)」「止まり(tomari)」「だから(dakara)」、そして英語の「here」と「dude」。それぞれ単独では意味をなすが、こうして一列に並べると、奇妙な詩のような響きを帯びる。
「新世紀のことを止まり」というのは、直訳すれば「新しい時代のことを、立ち止まって考えよ」とも読める。「だから、ここだ、友よ」という締めくくりは、何かへの到着感、あるいは気づきの瞬間を指しているようだ。もちろんこれは筆者の解釈のひとつであり、このフレーズには固定された「正解」が存在しないかもしれない。それこそが、この表現の面白さでもある。