震災後、沿岸部には巨大な防潮堤の建設が相次いだ。しかし、ここでは「海が見えなくなる防潮堤は要らない」という住民の強い想いが国を動かした。東日本大震災復興プロジェクトの一環として、国土交通省と地元行政、地域住民が膝を突き合わせて議論を重ねた結果、国道45号を内陸側に移設し、砂浜の景観を残す特殊な一体型防潮堤が完成したのだ。
気仙沼市の菅原茂市長も当時の決断について「海の景観を守りつつ防災機能を担保することは至難の業だったが、この海岸線こそがまちの財産だ」と振り返る。海を隠すのではなく海と共生する道を選んだ英断が、現在の圧倒的なロケーションと開放的な空間を生み出している。