本土侵攻の第一段階として計画されたのが、1945年11月1日を期日としていた「オリンピック作戦」だ。ターゲットは南九州。宮崎、大隅半島、薩摩半島の3方向から同時上陸を果たし、航空基地群を確保することが命題とされていた。
アメリカ陸軍はノルマンディー上陸作戦を遥かに凌ぐ艦艇と将兵を投入する構想を練っていたが、日本軍側の防衛体制強化も凄まじかった。最新の戦史研究によれば、米軍の暗号解読班は九州に集結する日本軍の爆発的な増強を察知しており、前線司令部内では上陸直前まで激しい意見対立と焦りが渦巻いていたという。