SNSやネット掲示板などで頻繁に見られるのが、歴史的背景や人物設定に関する誤解です。作品の背景にある事実関係を正しく整理しておきましょう。
誤解1:「レ・ミゼラブルはマリー・アントワネットが登場するフランス革命の話である」
これは最も多い誤認の一つです。バスティーユ襲撃に始まる有名な「フランス革命」は1789年の出来事です。一方、『レ・ミゼラブル』の後半で描かれるのは、そこから40年以上が経過した1832年の「六月暴動」です。
当時、フランスは復古王政を経て「七月王政(ルイ・フィリップ国王)」の治下にありました。市民の間では貧富の格差が極限まで拡大し、追い打ちをかけるようにコレラが大流行して数万人規模の死者を出していました。民衆の唯一の代弁者であった改革派の軍人ラマルク将軍がコレラで病死したことを引き金に、アンジョルラス率いる学生たちや市民が武装蜂起したのが六月暴動です。しかし、この蜂起に一般市民の大半は呼応せず、政府軍によって瞬く間に包囲され、わずか2日間で凄惨な鎮圧を迎えました。彼らが散っていったのは、勝算のない「殉教のバリケード」だったのです。
誤解2:「ガヴローシュはただの身寄りのないストリートチルドレンである」
ミュージカルや映画から入った人の多くが驚くのが、ガヴローシュの出生の秘密です。原作小説において、ガヴローシュはなんとテナルディエ夫妻の第3子(長男)であり、エポニーヌのれっきとした実弟です。
強欲なテナルディエ夫妻は、男児に愛着を持たず、ガヴローシュを路上へ追い出して育児放棄(ネグレクト)しました。過酷な環境に置かれながらも、ガヴローシュはグレることなく、パリの路上で明るくたくましく生き抜いたのです。彼がバリケードで銃撃を受けながらも弾薬を拾い集め、命を落とすシーンは、無情な社会構造が生み出した最大の悲劇と言えます。
ファンティーヌが転落した過去の理由
薄幸の女性ファンティーヌがなぜコゼットを預け、娼婦にまで堕ちなければならなかったのか。舞台では語り尽くされない原作の背景には、若き日の手痛い裏切りがあります。パリに出てきた純朴なお針子だった彼女は、良家の裕福な学生トロミエスと恋に落ち、妊娠します。しかし、トロミエスにとってそれは単なる「青春の火遊び」に過ぎず、仲間とともにファンティーヌを捨てて故郷へ帰ってしまいました。未婚の母に対する世間の風当たりは凄まじく、彼女は娘を育てるためにテナルディエ夫妻に預けざるを得なかったという残酷な経緯が存在します。