事件発覚直後、マスメディアのスクープ合戦は加熱を極めた。ワイドショーや週刊誌は彼女の苦境や私生活を暴き立て、ときに覗き見的な好奇心で報道を繰り返した。しかし、残された妹や親族は長年にわたり沈黙を守り続けている。メディア報道の裏側に存在した「美談としての介護自殺」という単純な仕立て上げに対し、遺族が感じた苦痛と違和感は決して小さなものではなかったはずだ。
歳月が経過した現在、単なるスキャンダリズムを超えた多角的な視点からの再検証が進んでいる。当時の報道がいかに当事者の複雑な内面を単純化し、社会的制度の欠陥から目を背けさせていたか。個人攻撃や同情論だけで終わらせない冷徹なメディア論評が、いま改めて求められている。