チキンラーメンの生みの親である安藤百福(あんどう ももふく)は、戦後の焼け野原で一杯の闇市ラーメンに長蛇の列を作る人々を見て、「食足世平(食が足りてこそ世の中が平和になる)」という信念を抱きました。大阪府池田市の自宅裏庭に建てた粗末な小屋で、試行錯誤の末に編み出した「瞬間油熱乾燥法」が、人類の食生活を一変させることになります。
安藤が目指したのは、飢えを克服し、誰もが安価で手軽に栄養を摂れる平和の食でした。その発明品が、かつて日本軍部が主導した満州国の頂点に座していた溥儀の元へ届き、純粋な驚きと笑顔を生み出したという事実は、なんとも深い歴史の皮肉と救いを感じさせます。
軍事力による侵略ではなく、技術と創意工夫が生み出した食のイノベーションが国境やイデオロギーを越えた瞬間であり、昭和という激動の時代が平和へと舵を切った証左でもありました。