結論から明示すると、平尾昌晃さんと畑中葉子さんが婚姻関係にあった事実は一切ありません。二人の出会いは、畑中さんが日本大学櫻丘高等学校在学中に通っていた「平尾昌晃音楽学校(現・平尾昌晃ミュージックスクール)」でした。畑中さんの才能を見出した平尾さんがプロデュースを手掛け、1978年1月10日にリリースされたデビューシングル『カナダからの手紙』はオリコンチャート1位を獲得するメガヒットを記録しました。
当時、18歳だった畑中さんと40歳だった平尾さんは、年の差デュエットとしてテレビ番組や歌番組へ連日のように出演し、その年の『NHK紅白歌合戦』にも出場を果たしました。親密で息の合ったパフォーマンスが全国のお茶の間に強烈な印象を残したことが、後年の「あの二人は夫婦だったはず」という記憶の混同を生む土台となりました。
さらに検索需要を高めている決定打となったのが、デビュー直後に畑中さんが巻き起こした「前代未聞の極秘結婚スキャンダル」です。「畑中葉子の電撃結婚」という強烈なニュースの断片と、「隣にいた平尾昌晃」という象徴的なイメージが時代を経て結合し、ネット上で「平尾昌晃 畑中葉子 結婚」という誤認キーワードとして定着するに至りました。