平山郁夫の偉大さは、キャンバスに向かう姿勢だけに留まらない。「文化財赤十字」の理念を唱え、紛争や風化の危機に瀕する世界中の歴史遺産を救うべく奔走した。東京藝術大学の総長を2期にわたって務め、後進の育成に力を注ぐ傍ら、ユネスコ親善大使としてアフガニスタンのバーミヤン遺跡やカンボジアのアングコール・ワットなどの修復支援を主導した。
自らの絵画を売却して得た資金を投じてまで文化財保護運動を推し進めた背景には、「文化財は人類共通の宝であり、相互理解こそが戦争を防ぐ」という強い信念があった。自身の被爆体験から芽生えた平和への渇望が、彼を地球規模の行動へと駆り立てていたのである。