柄本明が主宰する劇団東京乾電池の稽古場や劇場の空気を吸って育った柄本佑ですが、幼少期の家庭環境は極めてユニークなものでした。
家庭内には膨大な本数のVHSやDVDが並び、小学生の頃から父・柄本明セレクトの古今東西の名作映画を日常的に鑑賞する環境がありました。父から「この映画のあのカットはどうだった?」と問いかけられるなど、自然な形で映画的教養と観察眼が叩き込まれたと本人は語っています。
思春期には父親の偉大さに反発を覚える時期もありましたが、柄本明は決して息子たちに「役者になれ」と強制することはありませんでした。高校時代に映画『美しい夏キリシマ』のオーディションへ応募することを決めた際も、父は静かに息子の自主性を尊重し、一人の表現者として世に送り出しました。