長年にわたりインターネット上では、加害者家族や現場に関する様々な憶測が飛び交ってきました。取材記録や登記情報等から判明している客観的事実は以下の通りです。
「親はなぜ気づかなかったのか」家庭崩壊とその後
事件当時、少年Cの自宅2階で40日間も監禁が続いていたにもかかわらず、同居していた両親が警察に通報しなかった点について、激しい社会的非難が浴びせられました。裁判の証言によると、両親は少年グループの暴力的な威圧に怯え、2階に近づくことすら避けていたという「機能不全家庭」の実態が明らかになっています。
事件後、少年Cの家庭は完全に崩壊しました。母親はオウム真理教に入信して全財産を注ぎ込み、自宅はオウムの関連施設として使用された後、近隣住民の強い反対運動を経て取り壊されました。他の犯人の家族も夜逃げ同然で転居を余儀なくされ、親族関係の断絶や離縁など、社会的制裁を受け続けることとなりました。
綾瀬の事件現場と遺棄現場の現在
東京都足立区綾瀬の事件現場となった住宅地は、建物の解体後に駐車場や別の用途へと転用され、当時の建物は現存していません。また、ドラム缶が遺棄された江東区若洲の埋立地は、現在「若洲海浜公園」やゴルフ場・キャンプ場として整備され、臨海部の主要なレジャースポットとなっています。現地には事件を直接示す痕跡は残されていませんが、地元住民の間では重い歴史として記憶され続けています。