メジャーデビュー曲『白日』の空前の大ヒットによって、King Gnuという特異な存在が日本中に知れ渡った2019年。次なる一手として発表されたのが、大手航空会社ANAの国内線TVCM「ひとには翼がある」篇のCMソングとして書き下ろされた『飛行艇』でした。大手航空会社のタイアップといえば、澄み切った青空や疾走感、透明感あふれる爽やかなポップスが選定されるのが広告業界の定石とされていました。しかし、常田大希が提出したのは、まさにその真逆を行く「地を這うような重低音」と「泥臭い闘争宣言」に満ちたスタジアムロックだったのです。
公式発表資料や当時の音楽メディアによるインタビューにおいて、常田大希は「スタジアムで鳴り響く光景、老若男女が声を枯らして大合唱する姿を明確にイメージして作った」と語っています。広告のキャッチコピー「ひとには翼がある」というテーマを受け止めつつも、常田が歌詞に落とし込んだのは安易な希望論ではありませんでした。歌い出しの「どんな夢を見に行こうか」という問いかけから始まり、「命揺らせ 命揺らせ」「大揺れ揺らせ」と肉体の限界まで鼓舞するフレーズには、厳しい現実の中で生き抜く人々への生々しいエールが宿っています。
自著や当時の特番インタビューで語られた発言を振り返ると、常田は「綺麗事だけでは乗り越えられない壁にぶつかったとき、人を真に立ち上がらせるのは洗練された言葉ではなく、腹の底から湧き上がる衝動だ」という哲学を一貫して持ち続けていました。ANAという巨大インフラの看板を背負いながら、迎合することなくバンドの本質である獰猛なエネルギーを叩きつけたことこそが、この楽曲を単なるタイアップソングから時代を象徴するマスターピースへと押し上げた決定的な分岐点です。