通勤電車の吊り革につかまりながら、あるいは深夜のデスクで煮詰まった頭を抱えながら、なぜ私たちは遠く離れた山奥の湖を眺めてしまうのか。そこには、情報過多に苛まれる現代人ならではの無意識の防衛本能が働いているのかもしれない。
SNSのタイムラインは誰かの意見や広告で溢れ返り、休む間もなく感情の波を立ててくる。だが、固定アングルのカメラが映し出すのは、誰の思惑も介在しない「ただそこに在る自然」の姿だ。風に揺れるアシの茂み、水鳥が描いた一本の航跡、徐々に暮れていく光のトーン。意味を求めない映像をただ数分間見つめること。それは、ノイズで飽和した脳を原点へと引き戻す、ささやかで確実なデジタルデトックスの儀式なのだ。