中国の古書『後漢書』に端を発する登竜門の故事。通常、物語は鯉が激流を跳躍し、完全無欠な天龍となって雲間へ飛び去るクライマックスで完結する。だが、化け鯉が描くのはその「途中」に過ぎない。
龍になりきれていない姿。それは伝統的な見方をすれば、未熟さの象徴かもしれない。しかし、現代の彫師たちは異口同音に「この途上にこそ、人間の本質が宿る」と語る。完成された強者は退屈だ。爪を立て、尾を振り乱し、水しぶきを上げながら悶えるその過渡期のエネルギーこそが、皮膚という有限のカンバスの上で凄まじい緊迫感を放つ。
あえて完成形を選ばない。その不完全の受容は、近年の日本で静かに広がる「完璧主義からの脱却」とも奇妙に共鳴している。