インターネット上の言説や一般的な会話において、「北緯38度線」と「軍事境界線(MDL)」は同義語として扱われがちです。しかし、軍事史および国際法上、この2つは全く異なる概念です。結論から言えば、「北緯38度線」は1950年に勃発した朝鮮戦争以前の境界線(緯度線)であり、「軍事境界線」は1953年の休戦協定締結時に前線が固定化された境界線を指します。
1950年6月25日、北朝鮮軍が38度線を越えて南侵したことで朝鮮戦争が勃発しました。戦争初期に北朝鮮軍は釜山周辺を除く半島全土を制圧しましたが、マッカーサー率いる国連軍の仁川上陸作戦によって戦況は逆転。国連軍が中国国境の鴨緑江に迫ると、中国人民志願軍(義勇軍)が参戦し、戦線は再び激しく押し戻されました。その後、38度線付近で凄惨な山岳戦と陣地戦が2年以上にわたって繰り広げられたのです。
1953年7月27日、国連軍、中国軍、北朝鮮軍の3者によって休戦協定が署名された瞬間の「最終接触線(前線)」が、そのまま現在の軍事境界線(Military Demarcation Line: MDL)となりました。そのため、軍事境界線は一直線の緯度線ではなく、西側(黄海側)が北緯38度線より南に下がり、東側(日本海側)が北緯38度線より北に突き出る「西南から東北へと斜めに横断する形状」をしています。
開城(ケソン)などの古都は戦前、38度線の南側に位置していましたが、戦後は北朝鮮領へと編入されました。逆に、雪岳山(ソラクサン)をはじめとする東海岸の要衝は韓国領へと組み込まれました。このように、「現在の朝鮮半島を隔てる線」は、机上で引かれた北緯38度線ではなく、休戦協定によって画定された軍事境界線であることを押さえておく必要があります。