かつては新聞や雑誌の見出しでも散見された「男優」という言葉ですが、なぜ一般メディアからほぼ完全に姿を消すに至ったのでしょうか。その背景には、メディア関係者や言語社会学者が指摘する3つの決定的な要因が存在します。
第1の理由は、アダルトビデオ(AV)業界における呼称の定着と強烈なイメージ連想です。1980年代以降、成人向け映像産業が巨大化する過程で「AV男優」という肩書きが一般に広く認知されました。その結果、単に「男優」と口頭や見出しで表記した場合、一般劇映画の出演者ではなく成人向け作品の演者を連想する視聴者が急増しました。一般の映画会社や芸能プロダクション、テレビ局側がこの混同とイメージの毀損を避けるため、意図的に「男優」の使用を取りやめ、「俳優」「男性俳優」へとシフトした実情があります。
第2の理由は、NHKや日本民間放送連盟(民放連)加盟各社による放送用語指針の厳格化です。主要メディアの用語マニュアルでは、職業名において無用な性別分離を避ける改定が段階的に進められてきました。男性演者を指す場合は原則として「俳優」、文脈上どうしても性別の明記が必要なケースに限って「男性俳優」と表記するルールが2010年代半ばまでに徹底されています。
第3の理由は、「男性=標準(デフォルト)」とみなす言語構造からの脱却です。日本語の歴史において、「医師」に対する「女医」、「看護師(旧・看護婦)」に対する「男性看護師」のように、男性側を標準語とし、女性側にのみ修飾子を付ける非対称性が指摘されてきました。これを見直す国際的なポリティカル・コレクトネス(公正な表現)の観点から、男性をわざわざ「男優」と呼び分ける意義そのものが消失したと分析されています。