1981年の冬、木本はハワイ・オアフ島ノースショアへ降り立った。サーファーにとってノースショアは聖地であり、同時に命を落としかねない危険地帯だ。世界中からトッププロや命知らずのウォーターマンが集まるこの場所で、東洋から来た若い撮影者が認められるのは容易ではなかった。
バンザイ・パイプラインの波は、鋭いサンゴ礁の上に数千トンもの海水が叩きつけられる。危険極まりない現場で、木本はカメラを手に海へ飛び込んだ。足がすくむような大波の中でも決して引かない度胸と、波の崩れ方を完璧に予知するサーファーとしての知見。これらが組み合わさり、彼は他者には真似できないポジションからの撮影に成功していく。
「Kin-chan」として世界で認められた瞬間
ハワイのローカルサーファーや世界のトッププロたちは、彼を親しみを込めて「Kin-chan(キンちゃん)」と呼ぶ。ジェリー・ロペスやトム・カレン、そしてケリー・スレーターといった歴代のレジェンドたちも、木本のレンズの前では特別な表情を見せた。彼が命を張って水中に留まり、敬意を持ってカメラを向けていることを誰もが知っていたからだ。